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草野河豚

Author:草野河豚
東北人。現在は実家で修行中。
乱読気味で、読む本にバラつき有り。
ラノベ・ミステリ・ファンタジーを比較的好む。
あと軽くオタ入ってます。

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泉鏡花『高野聖・眉かくしの霊』
高野聖;眉かくしの霊
 短篇二本。代表作はなるべく読んでおきたいものです。山河、旅人、語り、妖しの四点セットがえもいわれぬ世界を作り出しています。まるで話者を目の前にしているような書き方は、もう、何と言っていいのやら。
 「高野聖」は僧の戸惑いが面白く、また婦人の妖艶さも際だってます。泉鏡花の描く女性って何故こんなにも艶やかなんでしょう。お供の者たち(?)も魅力的だし。
 「眉かくしの霊」はほとんど怪談です。短く要点のみを纏めており、それでも充分ぞっとする話になっています。後の解説によると「ほんの骨だけ」とか、これを骨子に作られたのが「彩色人情本」だとか。機会があれば読んでみたいです。
 ちょっと長いですが、最後に引用文を。

 婦人は何時かもう米を精(しら)げ果てて、衣紋の乱れた、乳の端もほの見ゆる、膨らかな胸を反して立った、鼻高く口を結んで目を恍惚(うっとり)と上を向いて頂を仰いだが、月はなお半腹のその累々たる巌を照すばかり。
(今でもこうやって見ますと恐いようでございます。)と屈んで二の腕の処を洗っていると。
(あれ、貴僧(あなた)、那様(そんな)行儀の可(い)いことをして被在(いら)しってはお召が濡れます、気味が悪うございますよ、すっぱり裸体(はだか)になってお洗いなさいまし、私が流して上げましょう。)
(否、)
(否じゃあござんせぬ、それ、それ、お法衣(ころも)の袖が浸るではありませんか、)というと突然(いきなり)背後(うしろ)から帯に手をかけて、身悶をして縮むのを、邪慳らしくすっぱり脱いで取った。

「高野聖」


 境は、この場合誰もしよう、乗出しながら、
「何か、この辺に変った事でも。」
「……別にその、といってございません。しかし、流に瀬がございますように、山にも淵がございますで、気をつけなければなりません。――唯今さしあげました鶫は、これは、つい一両日続きまして、珍しく上の峠口で猟があったのでございます。」
「さあ、それなんですよ。」
 境は更(あらた)めて猪口をうけつつ、
「料理番さん。きみのお手際で膳につけておくんなすったのが、見てもうまそうに、香(かんば)しく、脂の垂れそうなので、ふと思出したのは、今の芸妓の口が血の一件でね。しかし私は坊さんでも、精進でも、何でもありません。望んでも結構なんだけれど、見給え。――窓の外は雨と、もみじで、霧が山を織っている。峰の中には、雪を頂いて、雲を貫いて聳えたのが見えるんです。――どんな拍子かで、ひょいと立ちでもした時口が血になって首が上へ出ると……野郎でこの面だから、その芸妓のような、凄く美しく、山の神の化身のようには見えまいがね。落残った柿だと思って、窓の外から烏が突かないとも限らない、……ふと変な気がしたものだから。」
「お米さん――電灯が何故か、遅いでないか。」
 料理番が沈んだ声で言った。
 時雨は晴れつつ、木曾の山々に暮が迫った。奈良井川の瀬が響く。
「眉かくしの霊」


 ……うーん、ルビが振れないと辛いです。青空文庫ではちゃんと振ってありますので、そちらの方が楽しめるかも(*1)


(*1)http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person50.html#sakuhin_list_1

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読書日記 | 20:00:29 | Trackback(0) | Comments(0)
泉鏡花 『草迷宮』
草迷宮
 久々の読書。これ以外に読みさしの本はあるが、それらを置いて真っ先に読み終えてしまった。内容は、旅をする小次郎法師が人々から話を聞き、不思議な邸と住者に近づいていくもの。長さとしては中編小説にあたる。今回読んだ岩波文庫版は、ほぼ全ての漢字にルビが振られ、仮名遣いも改められているため、昔の小説に慣れていない自分にも非常に読みやすかった。

 どうしてこれほどのものが書けるのだろう。
 読み終えて、本を閉じて、最初に思ったのがそれである。
 一切を言葉で示している。文章に無駄がない。イメージがぽっと浮かぶかと思えば、それがグロテスクでもあり、夢のようでもあった。実際に物をよく見ていなければ、そうそう書けるものではない。
 読者はそういったイメージを辿り、それぞれの世界へ引き込まれるのだろうと思う。語らう言葉に耳を傾け、人物の背後にそっと控えて、事の成り行きをじっと見守る。どじを踏めば思わず笑い、笑えぬ所では神妙になる。そうしていつか小説が終わると、読者は自らの後を振り返って、今一度その世界を思い描く。無限なる想像はさらなる地を読者にもたらすが、再び行くか帰るかは自由である。
 肝心の内容について、吟味して読めなかったのは残念だが、そういう本来の楽しみ方が出来たのは良かった。

 解説で語られているような難しい話は、まだ自分にはわからない。だからもう一度読んでみようかと思う。世界に引き込まれないよう気をつければ、或いはわかるのかもしれない。
 流石幻想小説家泉鏡花。他にも手をつけてみるとしよう。

読書日記 | 00:54:00 | Trackback(0) | Comments(0)

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